規格外品に新たな命を吹き込む ~食品ロス削減から生まれる地域食ブランド戦略と自治体の役割~
はじめに:農業における食品ロス問題と新たな価値創造
近年、社会全体で食品ロス削減への関心が高まっています。農産物においても、流通過程や消費段階でのロスに加え、生産段階で発生する「規格外品」や「未利用資源」が重要な課題となっています。これらは品質には問題がなくても、形やサイズ、色などが市場の流通規格から外れるために廃棄されるケースが多く、生産者の収益機会損失や地域資源の無駄に繋がっています。
しかし、この「規格外品」や「未利用資源」は、見方を変えれば地域ならではの新たな資源となり得ます。これらを有効活用し、付加価値を付けて「地域食ブランド」として確立することは、単なる食品ロス削減に留まらず、地域農業の新たな収益源確保、地域内経済の活性化、そして地域イメージの向上に繋がる可能性を秘めています。
本稿では、この食品ロス削減を起点とした地域食ブランド戦略の可能性と、その推進において自治体が担うべき役割について考察します。
食品ロス削減を軸とした農業ブランディングの意義
規格外品や未利用資源を活用した農業ブランディングは、以下のような多角的な意義を持ちます。
1. 環境意識の高い消費者へのアピール
サステナビリティやエシカル消費への関心は年々高まっています。「食品ロス削減に貢献する商品」「環境負荷低減に配慮した取り組み」といった背景を持つ商品は、特に意識の高い消費者層にとって魅力的な選択肢となります。規格外品を活用した商品であることを正直に伝え、「もったいない」を価値に変えるストーリーを伝えることは、共感を生み、ブランドへの信頼感を醸成します。
2. 新たな商品・サービス開発による収益機会創出
これまで廃棄されていた規格外品や未利用資源を原料として活用することで、新たな加工品(ジャム、乾燥野菜、ピューレ、ジュース、菓子など)やサービス(アップサイクリング体験、資源循環型の農泊など)を開発できます。これにより、生産者は新たな販路や収益源を確保でき、農業経営の安定化・多角化に繋がります。これは6次産業化の一つの形態とも言えます。
3. 地域資源の有効活用と地域内経済循環の促進
地域内で発生する未利用資源を、地域内の加工業者や飲食店が活用することで、新たな産業連携が生まれます。これにより、地域外への資源流出を防ぎ、地域内での経済循環を促進します。また、地域内の雇用創出にも貢献する可能性があります。
4. 地域のイメージ向上と新たなブランド価値構築
食品ロス削減という社会課題への積極的な取り組みは、地域全体のイメージ向上に繋がります。「環境に配慮した先進的な地域」「無駄をなくし、ものを大切にする文化を持つ地域」といったポジティブな側面を強調することで、新たな地域ブランド価値を構築できます。
具体的な取り組み事例とその可能性
食品ロス削減を起点とした具体的な地域食ブランド戦略には様々な形があります。
- 規格外野菜・果実の加工品開発: 形が悪くても味は変わらない野菜や果物を、ドライチップス、パウダー、冷凍ピューレ、ジャム、ジュース、スープなどに加工し、新たな商品として販売します。商品パッケージに規格外品利用であることや、取り組みの背景にあるストーリーを記載することで、消費者の共感を呼びます。
- 未利用部位・副産物の活用: 農産物の皮、種、茎などの未利用部位や、加工工程で発生する副産物を、食品以外の用途(飼料、肥料、バイオ燃料、染料、コスメ原料など)に活用する取り組みです。これは高度な技術や連携が必要ですが、新たな産業分野との連携を生み出す可能性があります。
- 地域内連携による有効活用システム: 地域内のフードバンクや子ども食堂への提供、飲食店や食品加工業者との直接契約による供給、地域限定の直売イベントでの販売など、地域内で規格外品を有効活用する仕組みを構築します。
- 体験型コンテンツとの連携: 規格外品を使った加工体験ワークショップや、資源循環型の農業や加工プロセスを見学できる農泊プランなどを提供し、消費者との接点を創出し、取り組みへの理解と共感を深めます。
これらの取り組みは、単に商品を販売するだけでなく、その背景にある「もったいないを価値に変える」というストーリーや、地域が一体となって取り組む姿勢そのものが、強力なブランド要素となります。
自治体が担うべき役割と支援策
食品ロス削減を軸とした地域食ブランド戦略を成功させるためには、自治体の積極的な関与が不可欠です。自治体は、様々な主体を繋ぎ、取り組みを後押しするハブ機能を果たすことが期待されます。
1. 情報提供と啓発活動
食品ロス削減の重要性や、規格外品活用の可能性について、農家、食品加工業者、飲食店、小売店、そして地域住民に対して広く情報提供を行います。成功事例の紹介や、専門家を招いたセミナー開催なども有効です。
2. 異業種連携の促進
農家と食品加工業者、デザイナー、流通・販売業者、観光業者、福祉施設(障がい者就労支援などとの連携も可能性あり)といった異業種・異分野のマッチングを積極的に行います。連携を円滑に進めるためのコーディネーター人材の育成や配置も有効な支援策です。
3. 設備投資・商品開発支援
規格外品を活用するための加工施設の新設・改修費用、新たな商品開発にかかる費用(試作、デザイン、マーケティングなど)に対する補助金制度を設けることで、事業者の初期投資負担を軽減し、新たな取り組みを促進します。
4. 販路開拓・プロモーション支援
開発された加工品やサービスを、地域内外の消費者に届けるための販路開拓を支援します。地域の直売所やアンテナショップでの優先販売、ふるさと納税の返礼品としての提案、オンラインストア構築支援、メディアへの情報発信、食品関連の展示会への出展支援などが考えられます。特にふるさと納税の返礼品として「食品ロス削減に貢献する商品」を打ち出すことは、寄付者の共感を得やすく、地域の取り組みを全国にアピールする絶好の機会となります。
5. 地域認証制度の検討
規格外品活用や食品ロス削減に積極的に取り組む事業者を認証する制度を設けることで、消費者に分かりやすく取り組みの価値を伝え、事業者のモチベーション向上に繋げることができます。認証基準の設定や、認証マークのデザイン、プロモーションなども自治体が主導的に行うことが可能です。
成功に向けた課題と展望
食品ロス削減を軸としたブランディングを成功させるためには、いくつかの課題を克服する必要があります。規格外品は量が安定しない場合があり、品質管理や安全性の確保も重要です。また、単に「規格外品を使っています」というだけでなく、それがどのような価値(美味しい、健康的、環境に良い、ユニークなど)を持つ商品・サービスに昇華されているのかを明確に伝え、消費者に選ばれる理由を作る必要があります。
自治体は、これらの課題に対し、技術的なサポート、専門家派遣、品質管理体制構築の支援、効果的なストーリーテリングやデザインに関する助言など、きめ細やかなサポートを提供することが求められます。
まとめ
農業における食品ロス、特に規格外品や未利用資源の扱いは、環境問題であると同時に、地域農業や食関連産業にとって新たな可能性を秘めたテーマです。これらの資源を有効活用し、魅力的な商品・サービスとしてブランド化することは、消費者への新たな価値提供、農家の収益向上、地域内経済の活性化、そして地域イメージの向上に繋がります。
自治体は、この取り組みにおいて、情報提供、異業種連携の促進、資金・設備支援、販路開拓、プロモーションといった多角的な役割を担い、地域全体の取り組みを牽引していくことが期待されます。食品ロス削減は、これからの時代における地域食ブランド戦略の重要な柱の一つとなるでしょう。